アメリカーノをミルクで飲む彼女

 

平成最後の夏に、僕はタイで恋をした。

僕は学生バックパッカーで夏休みに一人でタイを2週間ほど旅していた。

 

彼女とはチェンマイのクラブで出会った。

僕がクラブに着いた時間は12時を回ったところであり、クラブはちょうど終わったところだった。

すぐに帰る気もしなかったので、何となく残っていたら、目の前レディーボーイや泥酔した女性とゲイの集団が騒ぎ始めた。

ニヤニヤしながらそれを眺めていたら、僕の隣で彼らを呆れた顔で見てる一人の女性がいた。

僕は彼女に「あいつらクレイジーだね笑」って声をかけると、急に話しかけられたことにびっくりしたのか少し怪訝な顔をしながら、「友達なんだ」とだけ答えた。

あの瞬間、僕に向けられた綺麗な目と整った顔を見て一瞬で恋に落ちた。

 

僕らのやり取りをみた一人のゲイが僕に別のクラブに一緒に移動しようと誘ってくれた。

もちろん答えは「YES」だ。だって、彼女とクラブに行けるのだから。

ちなみにゲイは僕の親友になった。

 

向かったクラブで、僕たちは一緒に踊り、そしてキスをした。

彼女は上唇を吸うようにキスをするのが癖で、それが面白くてキスの度に思わず笑ってしまって何度も叩かれた。

聞くと彼女はボーイフレンドはいないと言っていた。

僕はもっと一緒にいたいと伝えると、「友達を送らなきゃいけない」と言われ断られた。

友達は泥酔しており、とても一人で帰れる状態ではなかったので素直に引き下がった。

ただ、このときゲイの友達には別の理由を話していた。

 

翌日、僕がチェンライに移動してからの3日間インスタやLINEでお互いのことを話し合った。

彼女は僕より4歳上で地元の有名大学の博士課程で学んでいる。

コーヒーが大好きで、アメリカーノをミルクで飲むのが彼女の一番好みらしい。

それからミノルタフィルムカメラを愛用していて、よく自分でとった写真をインスタグラムにあげていた。

そして、チェンマイに戻った次の日に会う約束をした。

 

チェンマイに帰った当日はあの日クラブに誘ってくれたゲイの子とその友達でまたクラブに行った。

僕が彼に明日彼女と出掛けること、そして好きになっていることを伝えると、彼の顔は曇った。

問いただすと、どうやら彼氏がいるらしかった。

僕には彼氏がいないと答えたくせに実は彼氏がいるなんてビッチだったのかとショックをうけた。

 

そんな複雑な気持ちは抱えたまま、次の日彼女と出掛ける日が来た。

彼女は車を持っているので僕のホテルまで迎えに来てくれた。

ちなみに僕は一時間寝坊して後でちゃんと怒られた。

彼女の車は古く僕が小さいときに乗っていたような懐かしい車だった。

ナビなどついていないので、いつも片手でiPhoneを持ってGooglemapを頼りに運転していて日本人の僕は慣れるまで怖かったのを覚えている。

 

お昼は彼女の大学の友達と一緒にカフェやレストラン、インスタ映えするデザート屋を回った。

彼らは昼から何品も頼むので、少食の僕にはだいぶキツくて、変顔と一緒にもう無理というポーズを取ると彼女は笑ってくれた。

漫画のように独特にケタケタ笑う子だった。

僕はそれが好きだった。

 

大学の友達と別れると、彼女とはもう一度夜ご飯を一緒にする約束をして一旦ホテルに戻った。

時間まで2時間位しかなかったのだが、インスタを見るとジムに行っておりどんだけ元気なんだと感心した。

実際、彼女はアクティブで休日には車で遠出をして山登りをしたりカフェ巡りをするのが好きな子だった。

 

夜は彼女の好きなレストランに行った。

お互いお腹も空いてなかったのでパイナップルの炒飯?と蒸し豚(しゃぶしゃぶ的な)の2品だけを頼んで二人でシェアして食べた。

お昼のとき、インスタグラマーさながらにポーズを取って友達に写真を取らしていたことをいじると、お互いの写真撮影会が始まった。

僕のiPhoneに収めた彼女はどの表情も素敵で大好きだったのだが、彼女は気に入らなかったみたいだった。

今見返してみても、写真の彼女はやっぱりとても素敵だ。

 

食事を終え、僕のホテルに着いたとき、車の中で僕たちはもう一度キスをした。

そして、もっと一緒にいたかったのでホテルのバーで飲まないかと誘ってみた。

しかし、彼女の答えはノーだった。

今夜こそは一緒にいたかったので、少し食い下がってみたが、やはり無理だった。

やはり彼氏がいたのかと思ったが、臆病な僕は怖くてその場では聞けなかった。

それでも別れたあと、本当は彼氏がいるのかとメッセージしたら、今はいないと返ってきた。

 

翌日、そのゲイの友達とまた同じクラブにいった。

彼はクラブの常連らしくいつも同じメンバーと共に隅の一角を占拠していた。

そのおかげで、僕はいつもゆっくりと時間をかけて彼らと仲良くなることができた。

ちなみに彼女はこのメンバーの一人ではなく、前回たまたま来ていただけだったらしい。

 

彼は彼女について、僕のことが好きだと教えてくれた。

それを聞いて僕は勝ち誇ったように、彼女にはやっぱり彼氏はいないと話した。

その瞬間、彼の顔をこの前よりも更に曇った。

明らかに何か隠している顔だったので、僕が問いただすと彼はバツが悪そうに

実は彼女には夫と息子がいると言った。

言うまでもなく、頭が真っ白になった。

しばらくは何も考えられなかったし、吐き気もした。

そして、家族のことを考えたら胸が少しチクリとした。

だけど、やっぱり僕は彼女が嫌いにはなれなかった。

はっきり言って最悪の気分だ。

 

それから2日後、僕の誕生日がきた。

本当は彼女と約束していたのだが、1週間後に控えたアメリカ留学のために教授とミーティングが入ったらしく急遽流れた。

結局、いつものクラブメンバーたちがクラブでお祝いしてくれた。

今日はたくさん飲むぞーと朝までいる約束をし、ビール一本で顔が真っ赤になる僕はいつも以上に飲んだ。

 

僕は酔った勢いで彼女に夫と息子についてLINEで聞いてしまった。

すぐに「どうして知っているの?」と来た。

そして、返す間もなく立て続けに「息子はいる」と送ってきた。

息子はいるということは、旦那とは別れたと思って、すかさず聞いてみたら

結婚は今までしたことないと返ってきた。

正直、結婚はしていないと聞いてホッとした自分がいた。

そして、気づいたら僕は彼女に告白をしていた。

息子も含めて大切にするから僕の彼女になってほしいと伝えた。

僕の想いに偽りはなかったし、本気で幸せにできると信じていた。

しかし、彼女は僕が酔っていることはわかっていたので明日話し合いましょうと言った。

そして、きっと明日になったらあなたは何も覚えてないと。

こんなこと言っても意味ないけど、僕は酔って自分の意識だけはなくしたことはなかったし、あのときだってしっかりと考える力はあった。

 

そんなこんなで明日を迎えた。

僕のチェンマイ最終日だ。

バンコクに行く日であり、彼女と会えるラストチャンスである。

朝、クラブのメンバーと最後のお別れをしたあと、彼女の指定したカフェに向かった。

彼女を待つ間の時間、どうやって説得するか必死に考えた。

僕にとって一世一代の戦いが始まる気分だった。

5分ほど遅れて彼女が遅れてやってくると雨が振り始めた。

タイに来てからの一番の大雨だった。

カフェに入って、いざ席に座ると緊張して昨日は何してたのとかすごく当たら触りのない話ばっかしてしまった。

 

いよいよ彼女が息子のことを切り出してきた。

写真を見せてもらったら、まだ小さな子どもだった。

さらに明らかに白人との子供だった。

そこから僕は息子のことについてもっと聞いてみた。

当時付き合っていたアメリカ人との子供でまだ2歳で、父親が引き取ってアメリカに住んでるらしかった。

聞いてる間は頭が追いつかなくて付き合ったらタイ人とアメリカ人とコミュニケーション取るわけだし俺めっちゃ英語うまくなりそうだなーとか意味不明なことを考えてた。

謎に彼女を説得できるという自信だけはあった。

一通り話を終えると、僕は改めて彼女に付き合ってほしいと伝えた。

遠距離恋愛も息子も含めてこの先どんな困難が訪れても僕らなら乗り越えられると伝えた。

しかし、答えはNOだった。

理由は僕の若さと遠距離恋愛だった。

話を聞くと彼女は子供ができてから一度だけ彼氏がいたが、その彼氏が自分より若い人だったらしい。

その彼氏は息子の存在を知ってから、離れていってしまったそうだ。

だから、僕も同じように離れていくことになると言われた。

さらに彼女はこれからアメリカ留学で、僕は日本に帰国することになり、十数時間の時差のなか、遠距離恋愛は難しいと言った。

確かに、僕はまだ大学生で若い。子供のこともずっと将来の話で考えたこともなかった。

だけど僕は愛があれば何でも乗り越えられると本気で思っていると伝えた。

実際あのときは本気でそう考えていたし、今の気持ちを何よりも大切にしたかった。

何回も一生懸命に説得したけど、彼女の答えは結局変わらなかった。

カフェを出て、空港に向かう時間も僕は泣きながら、いかに愛しているか、そしていかに息子のことも乗り越えられるか話した。

旗からみたら無様だったと想うけど、時間もなくて必死だったので周りなんてどうでもよかった。

今まで彼女が欲しくてとりあえず周りの女性にアプローチして付き合ったことしかない自分にとって、恋に落ちるとはどういうものがよくわかった。

 

この話は最後には彼女の心を掴みハッピーエンドを迎えるありふれたラブロマンではない。

彼女は僕はまだ若くこれからたくさんの女性に出会うから自分よりも良い女性を見つけていい恋愛をしてほしいと言った。

僕にとって彼女ほど素晴らしい女性はいないのにそれをわかってもらえないのが悔しかった。

僕は最後まで彼女のことを説得することはできなかった。

僕たちはただハグをして別れた。

それが終わりだ。

特に劇的な終わり方ではなかったし、文章力もないのでスッキリしなかったかもしれない。

 

僕の想いはかなわかったけど僕はこの恋を全力でやりきった。

結局、彼女が僕のことをどう思っているかよくわからなったけど、今となってどうだっていい。

フラレてしまったけど、この恋を後悔はしていない。
彼女に恋した時間は線香花火のように短かったけど、始まりから終わりまでとても輝いていた。

僕は平成最後の夏に恋に落ちる素晴らしさを学んだんだ。

それだけで十分だ。

 

もちろんまだ彼女を想う気持ちがないといえば嘘になるけど、今日FBで赤ちゃんと幸せそうに過ごす彼女の投稿を見て幸せにいてくれるだけで今の僕は幸せだと思えるほど整理がついた。

 
フッておいて彼女は嫌いにならないでなんて勝手言ってきたけど、
誰かの幸せを妬むよりも喜べるほうが遥かにマシだ。
だから、僕は一生彼女の幸せを応援し続ける。
 
本当に大切な思い出をありがとう。
コーヒー嫌いの僕が君に近づくために背伸びして飲んでいだアメリカーノにミルクは今では僕の一番好きなオーダーになりました。
 
 
この夏タイを旅した一介の学生バックパッカーより